声に

ボイス

ヘッドボイス・ミドルボイス・チェストボイス などの区分があるわけ。

 

やっぱり、と言っちゃあなんだがクラシックが元。

 
そんなに興味があるわけではないが、とりあえずさらっと調べたところ、こんな感じみたいです。
 
 

けっこうな数の人がフレディック・スーフラー氏を崇敬している、ようだ。

 
1960年代に出版された彼の著書『歌うこと』という中で、このように、声に区分があるということが書かれているようです。
んー何でもアンザッツ・ポイント(声を”当てる”ポイント)ってぇのがあって、そこを変えることで音域が変わる、みたいな発想のようです。その当て方によって「高音区」「中音区」「低音区」という声が出るとのこと。だいぶセンセーショナルな発表だったようで、音楽界に激震が走ったとか何とか。まあよくわかりませんが、この時代からなんとなく「声には音域によって出し方が違う」という観念が定着していったのではないかと推測できるわけです。
で、ここで突っ込みをしたい。
 
「クラシックの声の出し方と、ロックポップスの声の出し方が一緒でいいのか?」
 
ということです。そして経験上
 
「発声の基本原理は同じだが、出そうとしている声は全然違う」
 
と言えるのではないかと思っています。みなさんはクラシックの歌い手の声を「あ、この人の声だ!」とすぐに判別できますか? オーナーちゃん、そこまで聞き込んでないので、ちーっとも個性的に聞こえません。
専門の人たちは、たぶん「ほら、こんなに違うのにわからないの?」と言うと思いますが、興味がない人には十把ひとからげです。つまり、一般人が明確にわかるほどの個性は出さない中での、個性のフレ幅なんではないかと。そしてそれはクラシックというソプラノ・テノール・アルト・バスという4部構成のそれぞれの区分の中で、「最もええ声を出すためにはどうすればいいか?」という研究だったのではないかと思います。
 
そんななか時代は過ぎて、ロック・ポップスが広がっていく中で、クラシック的な基本にとらわれない歌い方が主流になってきます。
 
……いや、正確には「え?クラシックって、なに?」みたいなやんちゃな人種が自分勝手に歌いだして、その中でも歌える人たちが生き残った、といった感でしょうかね。そしてそれは「なんとなく、声が出る」というところからの出発を意味するのではないかと思います。このように源泉が違うもの同士を無理やりくっつけようとしちゃったから、こんなことになってしまったのでしょう。
 
まあいろいろ書きましたが、仮に『歌うこと』に書かれた声の区分がそんなに優れものなら、出版から50年経た現在、もっと実用性があってもいいんではないかい? という突っ込みを最後に終わりにしたいと思いますw