歌唱論【呼吸の章】
3.歌唱に適する空気の取り込み方
ここでは、以下の項目にしたがって確認していく。
(1)どれくらいの量を肺に取り込む必要があるのか?
(2)「声」にするために必要な息の量とは?
(3)なぜ歌唱には腹式呼吸と言われるのか?
(4)腹式呼吸の習得方法、及び歌唱時の注意事項
※完全に数値化は不可能であるが、実例、一般的な現象などから判断を求めていくこととする。
(1)どれくらいの量を肺に取り込む必要があるのか?
●大量に空気を吸える人(肺活量が多い人)=歌える人、か?
※「歌が歌える」はここではしっかりと歌唱に耐えうる声が出せるということのみに限定し、
リズム・ピッチは考えないものとする。
※また、言語の生成方法にも関連してくるので、あくまで日本語をベースにした人のみを対象とする。
医学的に肺活量を測定することが出来るが、その研究から肺活量をある程度予測ができる。その計算式は次の通りである。
予測肺活量
【男性】予測肺活量(mL) = (27.63-0.112 × 年齢)× 身長
【女性】予測肺活量(mL) = (21.78-0.101 × 年齢)× 身長
ここでポイントとなるのは性別・年齢・身長という個人差がかなり出る要素が3つも使用されていることである。
「息をたくさん吸える=歌える」であるならば、ほぼ必ず年とともに歌えなくならなければならない。また逆に、若い男性で高身長であればかなりの高確率で歌えなければならない。これは現実の状態からはかなり乖離した状態である。肺活量のある人でも歌が上手くない場合が多々あるし、逆に華奢な女性でもパワフルな声を出せる人もいる。確かに肺活量があれば長い時間声を出し続けることが出来るのは事実であるが、そこまでの特殊性を求めるような曲はほぼ、ない。よって通常の呼吸量で十分な量を取り込んでいると言える。
※楽曲「初音ミクの消失」などに代表される、人間が歌うという前提を無視して作られた楽曲に関してはこの限りではない。
(2)「声」にするために必要な息の量とは?
●「一つの言葉を作る=一つの空気振動を作る」ために必要な息の量はどのくらいか?
先ほどは取り込む空気の量について考えたが、取り込んだら排出しなければならない。さて ここで考えられるのは、
- 一回の振動を生み出すのに必要な空気量(mL)はどのくらいか?
- 一回の振動を生み出す呼気量を、どのぐらいの速度で出すのか?
という2点である。実際にこれらをサンプルを取って計測・計算することは、別の問題であるので割愛することとする。
そこで吹奏楽の楽器を代替例と考えてみたいが、これらの息の量、及び速度は吹き込み口の大きさによって変わると思われる。そこで一つの大きさに限定して考えたうえで、同じ時間(どちらかといえば瞬間)に吐き出される呼気の量を比較して考えると、経験から次のことが言えると思われる。
a.音の大きさは送り込む量に比例する。
b.音の大きさは、送り込む速度に比例する。
そしてこの二つの差は、“音質”に出ると考えられる。当然 aは大量に息を消耗するので、長い時間振動を発生することは出来ない。ここから予測できるのは、普通の人で歌える人たちは
少ない量の呼気を、速い速度で排出している、
ということである。
(3)なぜ歌唱には腹式呼吸と言われるのか?
【疑問】歌える人は皆腹式呼吸か?
●胸式も腹式も、肺に空気を取り込むという結果は同一。では違いは何か?
発声に必要な空気を取り込む、という動作は同じであれば、呼気を吐く際に、何らかの差異が出るという可能が高いと推測できる。ではまず吐く際に求められる条件を確認していく。これに関しては、前項目から、
少ない量の呼気を、速い速度で排出する
が最初にあげられる。これはより多くの回数、鋭く細かく息を吐けるということを意味する。ここで実際に実験してみると分かるが、胸式呼吸で息を吸い、胸が膨らんだ状態から、「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」息を吐こうとすると、出しづらいか、最初に一気に呼気が出てしまう状態になるのではないだろうか。これは、肋間筋が伸びた後、収縮しようとする力が強いためだと推測できる。
少しずつ息を吐こうとすると、縮む力を抑えるために体に余計な力が入る。息を吐くことを自在にコントロールするためには、肋間筋が伸びて胸が膨らんでいることは、デメリットとなる。また、膨らみきった状態は息を止める状態にあるため、息を吐くのに適さない。これらから考えると、
息が出やすい状態=胸部がしぼんでいる状態
であると考えられる。このことは、息をコントロールするという点から重要である。常に息を吐きやすい体勢を維持したまま、空気を出し入れをする必要があり、これを踏まえると、肋間筋を極力使用しない、横隔膜のみで呼吸ができる腹式呼吸が必要ということになる。
【答】そうでもない
経験上、何の訓練も積まずにそれなりに歌える人がいる。その人たちが腹式呼吸が出来るか、ということに なると、ほとんどの場合が「否」である。このことから、腹式呼吸は「できると便利」と言うことは出来るが、必須な条件ではない。
逆に「腹式呼吸が出来れば必ず歌えるか?」という問いも出来るが、この疑問に対しても同様に「否」である。
腹式呼吸と発声の関連性は、切っても切れないものというイメージがあまりにも強すぎるが、所詮「息が出やすい状態を維持して呼吸をし、また息をコントロールしやすくする」ものであり、その先の「きちんとした声を出す=効率よく空気振動を作る」ことや、「ピッチを正確に合わせる」「言語を明確にする」といった作業とは、直接的には関係がない。
腹式呼吸が出来なくてもなんら問題は無いのである。
そうは言っても、腹式呼吸は便利であることには間違いはないし、世間的にも歌には必要となっているので
次に体得方法を示すこととする。
(4)腹式呼吸の習得方法、及び歌唱時の注意事項
●人間は誰しも腹式呼吸をしている時がある。
腹式呼吸というと歌唱用、というイメージが強く、とても難しいものであるという印象が強い。しかしながら人間は誰しも腹式呼吸をしている時がある。それは
寝ている時
である。まあ、「何をいまさら」という感想の人もいるかと思われる。しかしながら、このことはとても重要である。それは
なぜ寝ている時以外は腹式呼吸が出来ないのか?
という疑問の答えを含んでいるからである。
さてでは寝ている時と、覚醒・活動時では何が違うのか?という点が問題となるが、それは、
体の緊張状態の差
ということが言える。つまり、睡眠時においては基本的にまったくの脱力状態にある。その無意識の状態で、腹式呼吸を体が選択しているということは、そのほうが、本能が生命維持にとって効率がいい、と判断しているといえるのではないだろうか。
一方、覚醒・活動時の場合はどうであろうか。二足歩行での活動をするときは特に、身体のバランスをとる必 要が常にあり、そのために腹筋・背筋及び、身体の各筋肉が随時動いている。この筋肉の緊張が横隔膜を下に動かすことを阻害していると考えられる。ここから言える事は、
筋力をつかって、腹部を前に出しても、腹式呼吸にならない。
ということである。
●腹式呼吸習得のポイント
①胸部は、息を吐ききった時の状態を常に維持する。
②空気を吸う際に、力を抜いて、腹を膨らませる。
(絶対に腹筋に力をこめて動かしてはならない)
※この2点については、体に馴染むまでは徹底的に留意する。
●練習方法
①まずは口から「ふぅ~」と徹底的に胸と腹を凹ませて吐ききる。この際、腹筋に力がかかってもかまわない。
②吐ききったら、胸がその状態から動かないように留意し、腹の力を抜いて鼻から息を吸う。この際、腹は凹ます
力から解放され、力を抜いた反動で元に戻る。
※まずはこの動きを自然と出来るまで体に叩き込む。
③上記の動きが出来るようになったら、カウント(リズム)に合わせて一定のリズムで呼吸をする。
※1,2,3,4で息を吐ききり、また、1,2,3,4でゆっくりと空気を吸う。
※また慣れてきたら、速度を変えて練習する。
④体の動かし方が馴染んできたら、空気を取り込む際に、一瞬で力を抜き、口から空気を取り込む。これを、
「クイック・ブレス」
と呼ばれるものである。●最終ポイント
○ 息を吸ったら、声を出す前に、必ず
些細な動作だが、極めて重要な動作である。その際に膨らんだ腹の状態を維持するようにする。力を入れて止める、というよりは、体の動き自体を「ピタッ」と止めるようにすると息も止まる。
何度も言うようだが、空気を取り込むことよりも、息を吐き出すほうが歌唱にとっては重要。吐き出す息の量やスピード、長さを意図的にコントロールできなければならない。
ところが空気を取り込み、そのまま出そうとすると、胸式であれ腹式であれ、肉体の反発が起こる。つまり伸びた筋肉がすぐに縮もうとする。通常の呼吸を考えてみると分かるが、1~2秒で吐ききってしまう。それぐらいの反発があると考えてよい。つまり、空気を吸った後に一時止めないと、自覚している以上に一気に息が抜けてしまい、歌唱で息が続かないなどの原因となる。簡単な例で言うと、風船を膨らませて、口を放せば、一気にしぼむ。そこで風船が膨らんだところで、風船の吹き口を指でつまみ、膨らんだ状態を保つ。
これが歌唱に適する息の使い方である。
ここまで、空気を取り込んで吐く直前の状態まで確認した。次に「歌唱」のための息の吐き方を見ていく。



