本来、やり方は教えられても、それを体に叩き込むのは、生徒さんの役割だけど……
歌の先生は、やり方を教えることは出来ます。やれるまでの方法論も教えられます。しかしながら、「できるようになる。身につく」という過程においては、責任を負えません。この最後の要素に対して「できるか?」という実験をしたことがあります。
どの世界でも自己責任が基本
オーナーちゃん、20年以上、ボクシングをしているので、これを比較例としてあげます。「ジャブは肩を入れてねじりこむように打つべし」という方法論があったとします。ゆっくりと、確認しながらやればできます。しかし「何度も、必要な時に、瞬時にやれ」という条件下においては、そうそうできるものではありません。
ここに習慣化という要素が必要になります。何度も何度も繰り返し、脳による判断作業から反射作業へと転換しなければできません。そしてだんだんと無意識にその動作が出来るようになる。これこそが練習の本質だと思います。これは歌も同じ。出し方は教えた。教室ではとりあえずできた。これを習慣化する、つまり体に叩き込むのは生徒さん側のマターです。こいつは責任が持てません。これが前提なのですが、1回だけこれをやったことがあります。
彼にとってはけっこうなチャンスだった。
オリジナルをやっているW.D.という生徒がいました。こやつ、大学に入るまでまるで音楽に触れることなど無かったのに、急に「音楽のプロになろう」と思い立った変わり者です。しかも歌はチョーど下手。しかしかなり練習熱心でしたので、3年目ぐらいでオリジナルを作り出して歌っていました。
これまた結構運のいいヤツで、その曲がプロのアレンジャーさんの目に留まり、いろいろとアドバイスをもらえるようになっていたのですが、「曲はともかく、歌が下手だ」とかなりいわれて凹んでいました。最初が最初でしたので私から見ると「よくがんばってきた」と言いたいのですが、絶対的な技術はやはり不足しています。
そして1カ月後にまたチェックが入るということでした。問題ははっきりしていましたので、とりあえずやり方を教えたのですが、なかなか身につきません。そしてとうとう、ヤツの部屋に乗り込むことになります。
プレッシャーがかかると身につき方も変わる、かもしれない。
当時学生のヤツはワンルームに住んでいたのですが、その大半はレンタルしている防音ブースで埋め尽くされていました。その狭い部屋へ夕方ごろ突入。やり方を再度教え、「できるようになるまで出てくるな!」といって防音ブースへ押し込みます。
2時間後、「できました!」とD.W.。どれどれ……、
「やり直し!!」
勘違いしているポイントをさらに絞って、またしても防音ブースへ監禁。
そしてまた2時間後「で、できました……」とD.W.。ふむふむ……、
「お、やればできるじゃねーか!」「よし忘れないように2時間歌って来い!!」
とまたしても防音ブースへと。
ということで合計6時間ヤツの部屋で駄目出しマンとしてプレッシャーを与続けたわけですが、「やれば何とかなるものだなぁ」という感想でした。
結果も良好で、アレンジャーさんにとてもほめられたそうです。
「じゃあ次の一ヶ月でスガシカオさんぐらいうまくなれますね!!」
という新たなプレッシャーつきでしたが。
そんなことで、「体育会系のプレッシャーつきの反復練習」というのは役に立つことがある、ということが証明されました。そしてこの6時間の間、オーナーちゃんが得たことは「ワンピース」15巻分のストーリーでしたとさっ。