レコーディング・MIXの技術の影響力はすごい
生徒が、それなりの専門家に頼んで作ったオリジナル曲を聞きました。以前にも別の曲で聞いたのですが、やはり音がいいと粗が目立たなくなります。そんなお話。
バランスではなく音質そのものの差
文章化するのはとても難しいテーマですが、まずある程度きちんと技術を磨いた人の音はまずクリアです。そして聞きやすい。その生徒の歌や声を生で聞くと、まだまだ耳障りな感じと音のずれが気になるのに、処理をされると聞きやすい。どうやっているのかとっても興味津々ですが、それはおいといて、なんと音のズレによる不調和さえ緩和してしまいます。いや、外れてるんですよ、間違いなく、たくさん。その生徒の歌を何とかしようとする場合、そこまで音を作りこむ技術がないので、それを補う手段としてピッチの補正を行わざるを得ませんでした。うーん、ここに厳然とした技術の差があるな、と変に感心したものです。
聞きやすくなった。でもね、どうなんだろう。
確かにピッチの補正をあまりせずに聞きやすくなったので、声が不自然に感じることはまるでありません。そして普通に流れるCDとあまり変わらず聞くことが出来ます。しかしどうでしょう。結局リズムもピッチもまだまだ合っていません。でも普通に聞けてしまえば「これでOK」という感覚に陥ってしまうのではないでしょうか。すると努力しなくなるんじゃないかな、と。そして、録音物とライブに大きなイメージ差が出てしまう結果になるのではないかな。またアレンジそのものは基本丸投げになってしまいます。その生徒はギターのコードとメロディ・歌詞の3点のみで作曲依頼しますので、できあがりの大部分は相手任せです。最終的に何が言いたいかというと、「とってもきれいにまとまってますね、聞きやすいです」「でも、あれ? 曲調もフレーズも歌詞も、何も覚えてないんだが……」ということです。きれいなだけ、それだけっていい曲といえるのかしら? という疑問を新たにしたできごとでした。