「でかい」「高い」「ええ声」
悲しいかな、基本的にはこの程度の判断力しかない。
まるで「うまい・はやい・安い」みたいなフレーズですが、私もそうでしたねぇ……。「そんなことはない!」という人もいるでしょうが、実際、おおむねこんな感じです。何でこんなことになるのでしょうね? この辺を考えてみたいと思います。
まずは「自分ができないことができる=スゴイ」です。
この3要素に関して、すべてに共通する項目です。日本人に関しては、言語上大きな声を出しづらいようで、大きな声を出せること自体が「なんだかすごい」ことです。フィルター1枚目。高い声に関しても同様。普通の人では出ない音域が出れば、そう、きちんと出なくても、とりあえず出れば「すごい」になります。フィルター2枚目。その上、自分には出せない「ええ声」が出せるのなら「すごい」になります。フィルター3枚目。これだけ色目のフィルターが重なれば、判断としては「スゴイ上手」になってしまっても仕方がないのでしょう。そしてここまでには、音楽的な要素が一切かかわっていない、というのが、これまたすごいことです。
どーして音楽的な判断が加わらないのか?
普通の人の「聞き分ける力」が極めて訓練されていない、ということが第一の理由です。かつ、上記のように大声で歌われたとき、BGMとの親和性を聞き分けるなんて、無理。またカラオケ屋さんのマイクは、得てして声の輪郭がかなり聞き取りづらいのです。その上、きちんと活舌を明確に歌える人などほとんどいません。ということは、そもそもカラオケに置いて、歌声はかなり聞き取りづらい状況である、と言わざるをえません。そんな中で「ちゃんとリズムとれてる? ピッチ合ってる?」なんていう判断は、できないのですよ。実際、長いことライブハウスのPAに携わっていた人は、カラオケに行けないそうです。音が回って気持ちが悪いのだそうです。なんかわかる気がします。
まあ最終的にはその場の人が楽しければよい
結局こういう結論ですが、生徒が「カラオケで、あの人上手なんですよ!」という話を生徒から聞きますと、とりあえず眉に唾をつけることにしています。なにせ、ほとんどの場合、そのあといろいろ教えていくと判断が全然逆になっていくからです。ちなみに本当にうまい方は、聞こえ方が全然違います。圧倒的です。それは聴けば分かります。学校のクラスに一人でもきちんと歌える人がいれば、そのクラスの聞き分けるレベルは格段に上がるでしょう。一方で、クラスの、その他の学生のコンプレックスも比例して増大することも保障いたします。